2008年11月05日 04:10
【ITmediaニュースより】
高校生のころ「自分には才能がない」と気付いた。同人サークルで漫画を描いていた清水有高さん(29)は、漫画家やアニメーターになる夢をあきらめた。
「人を感動させる作品を作りたい」という思いは捨て切れなかった。大学生になり、将来について悩み、ふと思った。「30億円くらいあれば、あの宮崎駿監督や押井守監督、庵野秀明監督に作品を作ってもらうこともできるのかな」
目標は「稼いだお金で世界一のアニメを作ること」に変わった。大学在学中からベンチャー企業でがむしゃらに働き、アニメや漫画、ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」を運営するビ・ハイアを26歳で起業した。
●5万9800円のLDボックスを買うために新聞配達
3歳から絵画教室に通っていた。アニメーターか漫画家になりたいと思ったのは12歳のころ。当時テレビ放送していたアニメ「NG騎士ラムネ&40」に感動したのがきっかけだ。
自宅にはビデオデッキがなく、録画して見ることができなかった。「大好きなラムネ&40の最終回が1回しか見られないなんてと絶望していた」
13歳のころにラムネ&40のレーザーディスク(LD)ボックスが発売され、どうしても手に入れたいと思った。だが5万9800円と中学生には途方もない価格。LDボックスとLDプレーヤーを買ってほしいと親に頼んでみたが、即却下された。
あきらめきれず、新聞配達のアルバイトで購入資金を稼いだ。1年かけて30万円を貯め、ラムネ&40のLDボックス、LDプレーヤーとテレビ、スピーカーを手に入れた。「LDボックスを買えたときのうれしさは今でも忘れない。買ったその日に14時間かけて全話見た」
今でもカラオケに行くと必ずラムネ&40の主題歌を歌う。
●漫画やゲームが欲しくて、毎朝4時起きで新聞配達
ラムネ&40を知ってからアニメやゲーム、漫画にのめり込んでいった。中学1年の後半から卒業まで不登校。高校は通信制を選んだ。家にいる時間のほとんどを、アニメを見たりゲームをしたり、漫画を描くことに費やした。
新聞配達のバイトは高校卒業まで続けた。1部を1カ月間配ると約300円。休刊日以外は毎朝4時に起き、自転車で8種類の新聞を配った。給料は月3〜5万円ほどだった。
配達途中の冬の朝、眠気を覚ますため、降り積もった雪に顔を突っ込んだこともあった。「そのまま雪の上で寝てしまい、震えで目が覚めた。凍死するところだった」
休みは1年に12日間だけ。それでも続けられたのは、アニメのLDやゲームソフト、漫画を買いたかったから。バイト代はそれらにすべてつぎこんだ。
●「自分が一番絵が下手だと気付いた」
「ラムネ&40のように人を感動させる作品を作りたい」。漫画家かアニメーターになりたかった。同人サークルで漫画を描いたり、コミックマーケットで作品を売ったこともある。
高校3年生のころ、漫画やアニメが好きな仲間の中で自分が一番絵が下手と気づき、夢をあきらめた。芸術大学に行きたかったが学費が高かったこともあり、地元の滋賀県立大学に進んだ。「漫画家やアニメーターになれないなら、出版社に入って編集者になろう」と新しい目標を立てた。
滋賀県立大学は1995年創立。入学当時はそれから3年目の若い大学だった。「大手出版社で働くOBがほとんどいない大学から出版社に入社するためには、人と違うことをしなければ」と考え、新聞部を立ち上げた。
新聞部では40ページある新聞を毎月発行し、記事の編集やデザインを担当した。地元の喫茶店などを紹介したタウン誌「ひこね読本」など10冊ほど自費出版もした。
3年の2月ごろに出版したひこね読本は、数人の仲間と取材・執筆・編集・デザイン・写真撮影などを分担し、学生だけで2年かけて完成させた。デザインや編集のほとんどは清水さんが担当。完成前の3週間は3時間睡眠という日が続いたという。仲間と書店を回って置いてもらうよう頼み、2500部を売った。
周囲の3年生は就職活動を始めていた。だが清水さんは、目標だった出版社の採用試験を1社も受けなかったという。「ひこね読本を完成させて燃え尽きてしまった。書店営業があまりに大変だったので、出版社に入るのが嫌になった。この程度で燃え尽きてしまうということは、本気ではなかったんだと思う」
将来について思い悩んだ。妥協して就職するのも嫌だが……ふと思った。「30億円くらいあれば、あの宮崎駿監督や押井守監督、庵野秀明監督に作品を作ってもらうこともできるのかな」
目標は「アニメを作れるくらいのお金を稼ぐこと」に変わった。
●「ベンチャーはもうかるらしいぞ」
「ベンチャーはもうかるらしいぞという誤った考えを持っていて……」。清水さんは、“アニメを作れるくらい”の資金を稼ぐため、ベンチャー企業に入社しようと考えた。
ベンチャーなら業務内容にはこだわらなかった。Googleで「ベンチャー 関西」と検索して見つかった企業をリストアップし、1000社に「働かせてほしい」とメール。最初に返事があった神戸市内の企業に入社することにした。
2001年・大学5年の5月から同社で働き始めた。ひこね読本の制作に手を取られすぎ、4年で大学を卒業できなかったのだ。
●社員2人・入社1年目で取締役・借金350万円
同社は大学生にインターンシップ先を紹介する事業を手がけていた。現在は全国3カ所にオフィスがあるが、入社当時は神戸市内・家賃7万円のワンルームオフィスだった。
社員は清水さんを含めて5人いたが、入社2カ月後には3人辞め、社長と2人になってしまったという。料金を滞納して電話が止まりかけたことも。「どれだけ赤字が出るのか分からない。先行きの見えない社会人のスタートだった」
入社1年目にして取締役に就任し、営業と人事を任された。午前8時から次の日の早朝5時ごろまで働くという日もあった。必死だった。
その後社員は増えたが給料の資金が足りず、清水さんが個人で消費者金融から借金し、社員の給料に回したこともあった。借金は一時350万円まで増え、取り立ての電話がかかってきたこともあったが、土日も会社で働き、稼ぎまくって全額返した。
業績は次第に好転。清水さんの営業成績も伸び、給料も月100万円ほどもらえるようになっていた。
●「ドラクエVIII」で退職
05年5月に退職した。04年11月に発売された「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」(プレイステーション2)が原因だ。
仕事は忙しかったがどうしてもドラクエをやりたくて、午前0時ごろに会社から帰宅後、午前3時ごろまでプレイしていた。清水さんの月の売り上げは1〜2割ほど減ってしまった。
社長に営業成績が下がっている理由を聞かれ、正直に説明した。「ゲームやアニメは教育に悪いんじゃないか」。社長はそう言った。「好きなゲームやアニメを否定されたような気がして、とても悲しかった。社長とは考え方が違うんだなと思った」――得難い経験をさせてもらった最初の会社。4年あまりで辞めることになった。
そんな時、知り合いだったアニメ制作会社、プロダクション・アイジー(I.G)の社長から誘われ、I.Gへの転職を決めた。
●「アニメ業界を知らずに入る人が多い」
06年6月からI.Gで採用業務などを担当した。そんな中で、アニメ業界についてほとんど知らずにアニメ企業に就職しようとする人が多いことに気付いたという。
アニメ制作は分業制で、担当する仕事によって収入に大きな開きがあり、求められるスキルも異なる。例えば、アニメキャラクターの動きの流れなどを決める「レイアウト」担当なら月給30〜60万円、アニメの「原画」担当なら1枚当たり5000円ほど、原画と原画の間のシーンの絵を描く「動画」担当なら1枚当たり150〜200円ほど――といった具合だが、それも知らずに就職活動する人は多かったという。
アニメ業界で働きたいという人は大勢いるにも関わらず、求人に効果的な媒体がないとも感じた。それまでは自社サイトに掲載するか、人づてで探すといった方法が多かったという。
そこで思いついたのが、アニメや漫画、ゲーム業界に特化した求人サイトを作るというアイデアだ。求人サイトをI.Gで運営すれば、人材の情報が集まり、良い人材を採用できる可能性が高まるのではとも考えた。だが社内で提案しても反応はいまいちで、実現には至らなかった。
「このままだとアニメ業界の人材が枯渇する。アニメ業界全体が良くならなければ、世界一のアニメを作ることもできなくなる」――危機感を抱き、起業して求人サイトを開設することを決意した。
入社3カ月でI.Gを辞めた。給料が安かったことも、辞めた理由としては大きかった。入社前は「給料は以前の半分くらいになるかもしれない」と説明を受けたが、実際はそれよりも少なかった。
「半分くらいになると聞いたときは、そこから頑張っていけばいいと思った。アニメ会社の内部を見られるというのは、お金を払ってもできない貴重なことだから」――実際、I.Gではさまざまなことを学び、そこでの経験には本当に感謝している。だが生活が苦しかった。「家賃を払わなければならないし、親に毎月仕送りもしていたから」
●アニメ・漫画・ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」設立
2005年12月にビ・ハイアを設立。アニメ・漫画・ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」で、I.G時代に考えた求人サイトのアイデアを実現させた。
会員登録(無料)すると求人に応募できる。アニメ業界ならアニメーターや制作進行、ゲーム業界ならプログラマーやグラフィックデザイナー、漫画業界ならアシスタントなど専門職種の求人が多い。人気ゲームの最新作を開発するため、プログラマーを募集する――といった、公にできないような求人の依頼も受ける。
応募者に業界知識をつけてもらいたいと考え、アニメや漫画の制作過程を説明したページや、ゲーム業界の特徴を解説したページも作った。業界の経営者が集まる交流会などのイベントも主催している。
目標は「アニメ・漫画・ゲーム業界でどんな人が求められているのか、どこに行けば就職できるのかといった正しい情報を伝えていく」こと。思っていたより少ない給料しかもらえない――清水さんがI.G時代に経験したような就職時のミスマッチを減らしたいという。
●「もうからなくても、愛しているから」
求人情報の掲載料が収益源で、昨年度の売り上げは7300万円だった。「ラクジョブはあまりもうからないと思う。アニメ、漫画、ゲームに特化しない“普通”の求人サイトに注力したら、もっともうかるが」
今も「お金を稼いで世界一のアニメを作る」ことが目標だが、求人情報を他業界に広げることは考えていない。「アニメ、漫画、ゲームを愛しているから」
「若いころ、仕事が金もうけの手段でしかなく、ハードワークは当たり前と考えていたが、ひたすら働いていたのでは、アニメを楽しむ心の余裕もなくなってしまう。バランス良く働いて夢もかなえる方法はあるはず。“四六時中考えても飽きない”ことを仕事にして、無理なく続けていきたい」
【ITmediaニュースより】
アニメ好きとして、こんな求人サイトがあったなんて知らなかった・・・
ってか、見てみたら凄い求人の数!
どの分野でもそうだが、アニメ業界(特にクリエーター)は、人員の枯渇により
海外(特に中国)に、外注として頼まなければいけないほど(制作費を削る意味もあるが)
声優ばかり表立つが、肝心の「物を作る」人間が居ないと意味が無い。
もっと、色んな才能を持つ人材が集まれば良いですね。
高校生のころ「自分には才能がない」と気付いた。同人サークルで漫画を描いていた清水有高さん(29)は、漫画家やアニメーターになる夢をあきらめた。
「人を感動させる作品を作りたい」という思いは捨て切れなかった。大学生になり、将来について悩み、ふと思った。「30億円くらいあれば、あの宮崎駿監督や押井守監督、庵野秀明監督に作品を作ってもらうこともできるのかな」
目標は「稼いだお金で世界一のアニメを作ること」に変わった。大学在学中からベンチャー企業でがむしゃらに働き、アニメや漫画、ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」を運営するビ・ハイアを26歳で起業した。
●5万9800円のLDボックスを買うために新聞配達
3歳から絵画教室に通っていた。アニメーターか漫画家になりたいと思ったのは12歳のころ。当時テレビ放送していたアニメ「NG騎士ラムネ&40」に感動したのがきっかけだ。
自宅にはビデオデッキがなく、録画して見ることができなかった。「大好きなラムネ&40の最終回が1回しか見られないなんてと絶望していた」
13歳のころにラムネ&40のレーザーディスク(LD)ボックスが発売され、どうしても手に入れたいと思った。だが5万9800円と中学生には途方もない価格。LDボックスとLDプレーヤーを買ってほしいと親に頼んでみたが、即却下された。
あきらめきれず、新聞配達のアルバイトで購入資金を稼いだ。1年かけて30万円を貯め、ラムネ&40のLDボックス、LDプレーヤーとテレビ、スピーカーを手に入れた。「LDボックスを買えたときのうれしさは今でも忘れない。買ったその日に14時間かけて全話見た」
今でもカラオケに行くと必ずラムネ&40の主題歌を歌う。
●漫画やゲームが欲しくて、毎朝4時起きで新聞配達
ラムネ&40を知ってからアニメやゲーム、漫画にのめり込んでいった。中学1年の後半から卒業まで不登校。高校は通信制を選んだ。家にいる時間のほとんどを、アニメを見たりゲームをしたり、漫画を描くことに費やした。
新聞配達のバイトは高校卒業まで続けた。1部を1カ月間配ると約300円。休刊日以外は毎朝4時に起き、自転車で8種類の新聞を配った。給料は月3〜5万円ほどだった。
配達途中の冬の朝、眠気を覚ますため、降り積もった雪に顔を突っ込んだこともあった。「そのまま雪の上で寝てしまい、震えで目が覚めた。凍死するところだった」
休みは1年に12日間だけ。それでも続けられたのは、アニメのLDやゲームソフト、漫画を買いたかったから。バイト代はそれらにすべてつぎこんだ。
●「自分が一番絵が下手だと気付いた」
「ラムネ&40のように人を感動させる作品を作りたい」。漫画家かアニメーターになりたかった。同人サークルで漫画を描いたり、コミックマーケットで作品を売ったこともある。
高校3年生のころ、漫画やアニメが好きな仲間の中で自分が一番絵が下手と気づき、夢をあきらめた。芸術大学に行きたかったが学費が高かったこともあり、地元の滋賀県立大学に進んだ。「漫画家やアニメーターになれないなら、出版社に入って編集者になろう」と新しい目標を立てた。
滋賀県立大学は1995年創立。入学当時はそれから3年目の若い大学だった。「大手出版社で働くOBがほとんどいない大学から出版社に入社するためには、人と違うことをしなければ」と考え、新聞部を立ち上げた。
新聞部では40ページある新聞を毎月発行し、記事の編集やデザインを担当した。地元の喫茶店などを紹介したタウン誌「ひこね読本」など10冊ほど自費出版もした。
3年の2月ごろに出版したひこね読本は、数人の仲間と取材・執筆・編集・デザイン・写真撮影などを分担し、学生だけで2年かけて完成させた。デザインや編集のほとんどは清水さんが担当。完成前の3週間は3時間睡眠という日が続いたという。仲間と書店を回って置いてもらうよう頼み、2500部を売った。
周囲の3年生は就職活動を始めていた。だが清水さんは、目標だった出版社の採用試験を1社も受けなかったという。「ひこね読本を完成させて燃え尽きてしまった。書店営業があまりに大変だったので、出版社に入るのが嫌になった。この程度で燃え尽きてしまうということは、本気ではなかったんだと思う」
将来について思い悩んだ。妥協して就職するのも嫌だが……ふと思った。「30億円くらいあれば、あの宮崎駿監督や押井守監督、庵野秀明監督に作品を作ってもらうこともできるのかな」
目標は「アニメを作れるくらいのお金を稼ぐこと」に変わった。
●「ベンチャーはもうかるらしいぞ」
「ベンチャーはもうかるらしいぞという誤った考えを持っていて……」。清水さんは、“アニメを作れるくらい”の資金を稼ぐため、ベンチャー企業に入社しようと考えた。
ベンチャーなら業務内容にはこだわらなかった。Googleで「ベンチャー 関西」と検索して見つかった企業をリストアップし、1000社に「働かせてほしい」とメール。最初に返事があった神戸市内の企業に入社することにした。
2001年・大学5年の5月から同社で働き始めた。ひこね読本の制作に手を取られすぎ、4年で大学を卒業できなかったのだ。
●社員2人・入社1年目で取締役・借金350万円
同社は大学生にインターンシップ先を紹介する事業を手がけていた。現在は全国3カ所にオフィスがあるが、入社当時は神戸市内・家賃7万円のワンルームオフィスだった。
社員は清水さんを含めて5人いたが、入社2カ月後には3人辞め、社長と2人になってしまったという。料金を滞納して電話が止まりかけたことも。「どれだけ赤字が出るのか分からない。先行きの見えない社会人のスタートだった」
入社1年目にして取締役に就任し、営業と人事を任された。午前8時から次の日の早朝5時ごろまで働くという日もあった。必死だった。
その後社員は増えたが給料の資金が足りず、清水さんが個人で消費者金融から借金し、社員の給料に回したこともあった。借金は一時350万円まで増え、取り立ての電話がかかってきたこともあったが、土日も会社で働き、稼ぎまくって全額返した。
業績は次第に好転。清水さんの営業成績も伸び、給料も月100万円ほどもらえるようになっていた。
●「ドラクエVIII」で退職
05年5月に退職した。04年11月に発売された「ドラゴンクエストVIII 空と海と大地と呪われし姫君」(プレイステーション2)が原因だ。
仕事は忙しかったがどうしてもドラクエをやりたくて、午前0時ごろに会社から帰宅後、午前3時ごろまでプレイしていた。清水さんの月の売り上げは1〜2割ほど減ってしまった。
社長に営業成績が下がっている理由を聞かれ、正直に説明した。「ゲームやアニメは教育に悪いんじゃないか」。社長はそう言った。「好きなゲームやアニメを否定されたような気がして、とても悲しかった。社長とは考え方が違うんだなと思った」――得難い経験をさせてもらった最初の会社。4年あまりで辞めることになった。
そんな時、知り合いだったアニメ制作会社、プロダクション・アイジー(I.G)の社長から誘われ、I.Gへの転職を決めた。
●「アニメ業界を知らずに入る人が多い」
06年6月からI.Gで採用業務などを担当した。そんな中で、アニメ業界についてほとんど知らずにアニメ企業に就職しようとする人が多いことに気付いたという。
アニメ制作は分業制で、担当する仕事によって収入に大きな開きがあり、求められるスキルも異なる。例えば、アニメキャラクターの動きの流れなどを決める「レイアウト」担当なら月給30〜60万円、アニメの「原画」担当なら1枚当たり5000円ほど、原画と原画の間のシーンの絵を描く「動画」担当なら1枚当たり150〜200円ほど――といった具合だが、それも知らずに就職活動する人は多かったという。
アニメ業界で働きたいという人は大勢いるにも関わらず、求人に効果的な媒体がないとも感じた。それまでは自社サイトに掲載するか、人づてで探すといった方法が多かったという。
そこで思いついたのが、アニメや漫画、ゲーム業界に特化した求人サイトを作るというアイデアだ。求人サイトをI.Gで運営すれば、人材の情報が集まり、良い人材を採用できる可能性が高まるのではとも考えた。だが社内で提案しても反応はいまいちで、実現には至らなかった。
「このままだとアニメ業界の人材が枯渇する。アニメ業界全体が良くならなければ、世界一のアニメを作ることもできなくなる」――危機感を抱き、起業して求人サイトを開設することを決意した。
入社3カ月でI.Gを辞めた。給料が安かったことも、辞めた理由としては大きかった。入社前は「給料は以前の半分くらいになるかもしれない」と説明を受けたが、実際はそれよりも少なかった。
「半分くらいになると聞いたときは、そこから頑張っていけばいいと思った。アニメ会社の内部を見られるというのは、お金を払ってもできない貴重なことだから」――実際、I.Gではさまざまなことを学び、そこでの経験には本当に感謝している。だが生活が苦しかった。「家賃を払わなければならないし、親に毎月仕送りもしていたから」
●アニメ・漫画・ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」設立
2005年12月にビ・ハイアを設立。アニメ・漫画・ゲーム業界に特化した求人サイト「ラクジョブ」で、I.G時代に考えた求人サイトのアイデアを実現させた。
会員登録(無料)すると求人に応募できる。アニメ業界ならアニメーターや制作進行、ゲーム業界ならプログラマーやグラフィックデザイナー、漫画業界ならアシスタントなど専門職種の求人が多い。人気ゲームの最新作を開発するため、プログラマーを募集する――といった、公にできないような求人の依頼も受ける。
応募者に業界知識をつけてもらいたいと考え、アニメや漫画の制作過程を説明したページや、ゲーム業界の特徴を解説したページも作った。業界の経営者が集まる交流会などのイベントも主催している。
目標は「アニメ・漫画・ゲーム業界でどんな人が求められているのか、どこに行けば就職できるのかといった正しい情報を伝えていく」こと。思っていたより少ない給料しかもらえない――清水さんがI.G時代に経験したような就職時のミスマッチを減らしたいという。
●「もうからなくても、愛しているから」
求人情報の掲載料が収益源で、昨年度の売り上げは7300万円だった。「ラクジョブはあまりもうからないと思う。アニメ、漫画、ゲームに特化しない“普通”の求人サイトに注力したら、もっともうかるが」
今も「お金を稼いで世界一のアニメを作る」ことが目標だが、求人情報を他業界に広げることは考えていない。「アニメ、漫画、ゲームを愛しているから」
「若いころ、仕事が金もうけの手段でしかなく、ハードワークは当たり前と考えていたが、ひたすら働いていたのでは、アニメを楽しむ心の余裕もなくなってしまう。バランス良く働いて夢もかなえる方法はあるはず。“四六時中考えても飽きない”ことを仕事にして、無理なく続けていきたい」
【ITmediaニュースより】
アニメ好きとして、こんな求人サイトがあったなんて知らなかった・・・
ってか、見てみたら凄い求人の数!
どの分野でもそうだが、アニメ業界(特にクリエーター)は、人員の枯渇により
海外(特に中国)に、外注として頼まなければいけないほど(制作費を削る意味もあるが)
声優ばかり表立つが、肝心の「物を作る」人間が居ないと意味が無い。
もっと、色んな才能を持つ人材が集まれば良いですね。






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